旧北海道経営者協会とは

<平成18年12月北海道経営者協会創立60周年記念誌より>

北海道経営者協会の創立は、昭和21年7月27日である。

 終戦後の混乱期に、労使関係の正常化を目指し、経営者の相互連携と労務管理体制の合理化の必要性を痛感した、先見の明のある経営者の積極的努力によって設立された。世話人は岩田彦次郎氏(北海道開発社長)ら6氏であった。
 設立当初は、労働法、就業規則、賃金等の研究対策をはじめ、労働委員会における紛争処理に尽力した。
 また当時は多くの企業の労務スタッフが手薄の事情もあり、事務局は直接団体交渉、争議対策に参画することも少なくなかった。
 昭和30年代に入って民主的労働運動が定着して労使関係も正常化の兆しが見えたが、好不況を繰り返しながらも高度成長をたどり、その中で労働組合は昭和31年に始まる「春闘」を恒例化し今日に及んでいる。一方でこの当時の職務給導入・検討の契機にもなった。
 このような情勢の中、春闘対策としての模擬交渉や交渉マニュアルの提示、賃金制度の確立支援のため職務分析員養成講座などが重点事業となった。
 また、労務管理充実のため、企業内教育訓練に関する研修会、監督者訓練、接遇訓練などを、新たな事業活動として活発化した。
 昭和40年に入り、労働運動は経済闘争を中心とした新しい路線が取り入れられ、民間労組が主導力をもつようにはなったが、一部に過激な労働運動もあとを絶たず、個人加盟による合同労組が各種紛争を起こした。この当時の経協活動の中心は賃金対策、人間能力の再開発、労使関係の安定であった。そのために、賃金関連の実態調査や統計分析の充実に意を注ぎ、労使交渉のための参考資料の提供に努めた。また、インフレを内包しながらの大型景気を反映し、生産性を上回る賃金上昇に危機感を持ち、日経連(現日本経団連)では、昭和44年に賃金決定の基本理念である「生産性基準原理」提唱し、昭和49年11月には「大幅賃上げ行方研究委員会」報告書を発表した。

 昭和50年代に入ると、インフレの鎮圧が焦眉の急であった。当時の経協活動の中心は、労使交渉の結果が、社会経済に与える影響の甚大さを訴え、経営者には誤りなき対応と、労働組合には良識のある行動をということであった。とりわけ生産性基準権利の周知と啓発に尽力した。
 なお、昭和54年には「燃料手当てについての見解」を発表し、灯油価格にリンクする決定方式を是正し、定額方式に転換することを提唱した。
 昭和60年に入り、「男女雇用機会均等法」の成立、時間短縮を目指す「労働基準法改正」など、労働行政面で様々な動きが活発化した。当協会としても、法の周知に努めるとともに、実務上の対応策の指導が中心的事業になった。一方、賃金制度も職能給への流れが加速し、中小企業への導入支援、さらには運用のため人事考課制度の導入支援を精力的に実施した。
 平成10年代に入り、賃金・処遇制度も成果主義の流れが芽生え、試行錯誤を繰り返しながらも、現在もその潮流になっている。
 平成14年5月には、旧日経連と旧経団連が統合し、総合的な政策提言能力を実行力を一層深めるとして、日本経団連が誕生した。当協会の活動の幅の拡大が期待される。一方、雇用の現場では、雇用形態の多様化の進展は著しく、結果として個別労使紛争が増大しており、経営者協会としては、労使関係の安定化の寄与するため、雇用実務に対しての支援策の高度化が期待されている。


 その後、平成24年10月1日、北海道経済連合会と統合、これに伴い日本経済団体連合会が組織する「地方団体長会」(全国の経営者協会の集まり)には、「北海道経営者協議会」が新たに設置され、北海道経営者協議会として加盟している